漫画【リセット屋】第5話「記憶の鍵」

目次

「記憶の鍵」

前回のあらすじ

蓮はリセット屋の真の目的を探り始める。三人目の客・堂島は「娘が生まれた日の記憶」を奪われた。蓮はヨミに宣言する——「あんたの店を潰してでも、記憶を取り戻す」。ヨミは動揺を見せ、店の奥に「無数の鍵穴がある扉」の存在が明かされる。

第5話 本編

冒頭——削除されたブログの主

蓮は眠れない夜を過ごしている。ノートパソコンの画面には、あの文字化けしたブログ記事。手がかりは少ない。しかし蓮は記事のHTMLソースコードの中に、ひとつだけ残されたメタデータを見つける。

投稿者のハンドルネーム——「カギヤ」

蓮はSNS、掲示板、あらゆるアーカイブを辿る。「カギヤ」の痕跡は徹底的に消されている。だが、ある匿名掲示板の過去ログに、一件だけ残っていた書き込み。

「同じ体験をした人へ。毎月第三土曜、深夜2時。████公園の時計台の下。合言葉は”空瓶”」

蓮はカレンダーを確認する。次の第三土曜日は——明後日

展開①——時計台の下で

深夜2時。都市の外れにある古い公園。蓮は時計台の前に立っている。人気はない。風だけが枯れ葉を転がしている。

5分、10分、15分。誰も来ない。蓮が諦めかけたとき、背後から声がする。

「合言葉は?」

振り返ると、街灯の陰にひとりの女性が立っている。

桐生凛(きりゅうりん)、34歳。長い黒髪を無造作に束ね、左目の下に深い傷跡がある。眼光は鋭いが、どこか疲弊した空気を纏っている。

蓮が答える。「——空瓶」

凛の表情が一瞬だけ緩む。そしてすぐに厳しい顔に戻る。

「6年間、誰も来なかった。来るのは酔っ払いか、肝試しの学生だけだった。あんた……”リセット屋”の客だね?」

展開②——凛の過去

ふたりは公園のベンチに座る。凛は缶コーヒーを蓮に投げ渡しながら、淡々と語り始める。

凛は10年前にリセット屋を利用した。やり直したのは「弟が死んだ日」。弟は凛を庇って暴漢に刺されて命を落とした。凛はその日をやり直し、弟を暴漢から守ろうとした。

蓮が聞く。「弟さんは助かったのか?」

凛は首を振る。

「助からなかった。何度やっても結果は同じだった。”運命の修正力”が強すぎた。……でも、代償だけはきっちり取られた」

凛が失ったのは「弟と過ごした幸福な日々の記憶すべて」。弟が死んだ事実だけが残り、楽しかった思い出が一切消えた。残ったのは、喪失の痛みだけ。幸福の記憶という鎮痛剤なしに、純粋な悲しみだけを背負わされた。

蓮は拳を握りしめる。

展開③——”拒絶”の真実

蓮が本題に入る。「ブログに書いてあった。あんたは代償を”拒絶”したって」

凛の目が鋭くなる。

「正確には”拒絶しかけた”だ。完全には成功していない」

凛は語る。リセット後、記憶が消えていく瞬間、凛は異変に気づいた。記憶が消える過程は一瞬ではなく、数秒間の猶予がある。その数秒間で、凛は消えゆく記憶を必死に「思い出そう」とした。弟の名前、弟の笑顔、一緒に食べたカレーの味——ひとつでも繋ぎ止めようと。

結果、記憶の大半は奪われたが、たったひとつだけ残った

「弟が最後に言った言葉だけ、消えなかった。『姉ちゃん、逃げろ』って。あの声だけが、まだここにある」

凛は自分のこめかみを指で叩く。

「そのとき気づいた。ヨミは万能じゃない。記憶を奪う過程には”隙間”がある。その隙間を突けば、記憶を守れる——いや、もしかしたら”取り戻せる”」

クライマックス——四つの鍵

凛は立ち上がり、蓮に背を向ける。

「私はあの日から6年、リセット屋について調べ続けた。ヨミの正体。店の仕組み。あの棚の瓶。そして——“あの扉”」

蓮の目が見開かれる。「奥の扉を知っているのか」

凛がうなずく。

「あの扉の向こうに”記憶の貯蔵庫”がある。奪われた記憶はすべてあそこに保管されている。扉を開ければ、全員の記憶を取り戻せる。——ただし」

凛が振り返る。月明かりが左目の傷跡を照らす。

「扉には四つの鍵穴がある。四つの鍵を揃えないと開かない。鍵は物理的な鍵じゃない。”条件”だ」

凛がポケットから折り畳んだ紙を取り出す。何度も開いては閉じたのだろう、皺だらけで角が擦り切れている。紙にはこう書かれている。

第一の鍵——「奪われた者の涙」
記憶を奪われた者が、失った記憶の”断片”に触れて流す涙。

第二の鍵——「忘れられた者の声」
忘れ去られた側の人間が、忘れた者の名を呼ぶ声。

第三の鍵——「店主の本当の名前」
ヨミの正体を暴き、その真名を口にすること。

第四の鍵——「自分自身の中にある鍵」
……記載なし。この部分だけ、文字が滲んで消えている。

蓮が聞く。「この情報はどこから?」

凛が答える。

「リセット屋には、私の前にも”挑戦者”がいた。その人が命懸けで遺した暗号を、私が6年かけて解読した。……でも私ひとりじゃ鍵は揃えられなかった」

凛が蓮を見つめる。その目に、初めて光が宿る。

「あんた、第一の鍵の資格がある。あの写真を見て胸が痛むんだろう?記憶がないのに。——それは”断片”だ。消しきれなかった記憶の欠片が、あんたの中にまだ残っている」

ラスト——動き出す盤面

蓮と凛は並んで公園を出る。東の空がうっすら白み始めている。

蓮が聞く。「第二の鍵——“忘れられた者の声”。これは……」

凛が先回りして答える。

「あんたが忘れた女性。あの人があんたの名前を呼べばいい。——でも、あの人もあんたのことを忘れかけている。時間がない」

蓮は立ち止まる。受付の彩香の顔が浮かぶ。名前を聞いても何も感じなかったあの女性。蓮は彼女に近づかなければならない。記憶のない状態で。まったくの他人として。

蓮が苦笑する。「忘れた相手に、自分を思い出してもらう……最高に難しいミッションだな」

凛がわずかに口角を上げる。それは6年ぶりの、小さな笑みだった。

「ひとりじゃなくなった。それだけで、6年分の意味があった」

場面転換。リセット屋の店内。

ヨミは棚の前に立っている。瓶のひとつ——「黒崎蓮——恋」のラベルが貼られた瓶が、かすかに震えている。

ヨミが瓶に手を伸ばし、そっと押さえる。

「……おとなしくしていなさい。あなたの持ち主が来ても、私は渡しませんよ」

瓶の光が一瞬、強く脈打つ。抵抗するように。

ヨミが呟く。お面の奥の声は、いつもの軽薄さを完全に脱ぎ捨てている。

「”四つの鍵”を知ったか。……桐生凛、あの女まだ動いていたのか」

ヨミは奥の扉——無数の鍵穴を持つ扉を見やる。

「いいでしょう。ならば私も——”次の手”を打ちます」

ヨミが指を鳴らす。すると棚の最上段から、古く、黒ずんだ瓶がひとつ浮かび上がる。他の瓶とは明らかに異質な存在感。ラベルの名前は——

読者には見えない角度で、ヨミだけがそれを確認する。

「あなたの出番ですよ。——“最初の客”」

次回予告

第6話「他人としてのはじまり」

蓮は第二の鍵を手に入れるため、南条彩香に近づく。記憶のないふたりが、もう一度出会い直す。しかし彩香の周囲に、不自然な”偶然”が増え始める。ヨミの”次の手”が、静かに動き出していた。

第5話のポイント

この話で物語は「鍵探し編」に突入し、明確なゴールと障害が設定されました。四つの鍵という具体的な目標が読者に提示されることで「あといくつ揃えれば勝てるのか」という期待感が生まれます。新キャラ・桐生凛は蓮にとっての導き手であり戦友ですが、彼女自身も深い傷を抱えており、蓮との関係性は「恋愛」ではなく「共闘」として描かれます。これにより、蓮と彩香の再会がよりドラマチックに際立つ構造になっています。そして最大の伏線——ヨミが取り出した「最初の客」の瓶。リセット屋の歴史と、ヨミの真の目的に繋がるこの存在が、物語の奥行きを一気に拡張します。

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