漫画シャドウレイヤー第2話「沈んだ記憶」

シーン1:冒頭 — 灯の部屋・深夜
灯がベッドに横たわり、天井を見つめている。左目が微かに金色に明滅している。
モノローグ(灯):
「あの光景が、目を閉じても消えない。空を埋め尽くす、何百もの”顔”。」
スマホの画面には、ニュースの見出しが映っている。
『渋谷で原因不明の暴行事件相次ぐ——専門家「集団ヒステリーの可能性」』
モノローグ(灯):
「集団ヒステリーなんかじゃない。あれは——”取り憑かれた”人たちだ。」
枕元に、名刺が一枚。白紙のカードに、黒インクで住所だけが手書きされている。裏には一言。
「来る気になったら。——蓮」
灯はカードを握りしめ、目を閉じる。
シーン2:翌日の放課後 — 裏路地の古書店「栞(しおり)」
住所を頼りに灯がたどり着いたのは、神保町の路地裏にある、看板すらほとんど見えない小さな古書店。
扉を開けると、天井まで積み上げられた本の山。奥のカウンターで蓮が古い革張りの本を読んでいる。
蓮:「おや。来ないと思ってたのに。」
灯:「……来ないつもりだった。」
蓮:「じゃあ、なんで来た?」
灯は少し間を置いて、スマホのニュース画面を蓮に見せる。
灯:「昨日の夜、さらに三件。”見えないフリ”をしてる間に、人が傷ついてる。……それが、気持ち悪かった。」
蓮はふっと笑い、本を閉じる。
蓮:「”気持ち悪い”か。正義感じゃなくて不快感が動機ってところが、君らしい。——嫌いじゃないよ。」
蓮は立ち上がり、カウンターの裏にある古い扉を開ける。その向こうは、普通ならあるはずのない下り階段。
蓮:「じゃあ、まずは”あっち側”を見に行こうか。」
シーン3:「影の世界(シャドウ・レイヤー)」への潜行
階段を降りると、空気が変わる。灯の両目が金色に光り、彼女は思わず足を止める。
目の前に広がるのは、東京と同じ街並み——だが、すべてが青黒いモノクロームに沈み、空には月も星もない。建物は歪み、看板の文字は読めない。静寂の中に、遠くから低い唸り声のようなものが聞こえる。
灯:「これが……影の世界。」
蓮:「正確には”現実の裏側”。人間の強い感情——怒り、悲しみ、後悔、執着。そういうものが積もり積もって、この層を作った。」
街路を歩くと、あちこちに「残響」がいる。多くはぼんやりと漂うだけの、形の曖昧な霧のような存在。だが中には、はっきりと人の姿をしたものもいる。
灯:「あれは……ただの感情の塊なの?それとも、意識がある?」
蓮:「いい質問だ。大半はただの残りカスだ。だけど、ごく稀に——」
蓮が言葉を切る。前方の路地に、ひとつの残響が佇んでいる。
他の残響とは明らかに違う。輪郭がくっきりとしていて、白いワンピースを着た女性の姿。長い黒髪が風もないのに揺れている。
そして——こちらを、見ている。
シーン4:「お母さん……?」
灯の顔から、すべての色が消える。
灯:「——うそ。」
女性の残響の顔が、少しずつ鮮明になる。穏やかな目元。左の頬にある小さなほくろ。灯が絶対に見間違えるはずのない顔。
灯:「お母さん……?」
灯は無意識に一歩踏み出す。蓮がその肩を掴む。
蓮:「待て。」
灯:「離して……!あれはお母さんだよ!お母さんは8年前に——」
蓮(低い声で):「8年前に、亡くなった。……だろう?」
灯が固まる。
蓮:「だからこそ、あれに近づくのは危険だ。残響は”本人”じゃない。生前の強い感情が形を取っているだけだ。形が鮮明なほど、感情が強い。強い残響は——人を”引きずり込む”。」
母の姿をした残響が、ゆっくりと口を開く。声はない。だが、灯にはその唇の動きが読める。
「あかり」
灯の左目から、金色の涙が一筋流れる。
灯:「……お母さんは、最後に何を思ったの。何がそんなに強く残って、ここにいるの。」
残響が一歩、近づいてくる。蓮が灯の前に立ちはだかる。
蓮:「今日はここまでだ。初回からこんなものに当たるなんて——運がいいのか、悪いのか。」
蓮が指を鳴らすと、二人の足元に光の円が広がり、現実世界へ引き戻される。
シーン5:帰還 — 古書店「栞」
気がつくと、二人は古書店のカウンター前に立っている。灯は膝をつき、荒い呼吸を繰り返している。
灯:「なんで……戻したの。」
蓮:「あのまま近づいていたら、君の意識が”あっち側”に囚われていた。身体だけがこっちに残る。俗に言う——”植物状態”だ。」
灯は拳を握りしめる。
灯:「……もう一度、行きたい。」
蓮:「ダメだ。」
灯:「なんで。」
蓮:「今の君には、自分を守る術がない。残響に触れれば飲まれる。せめて”抵抗する力”を身につけてからだ。」
蓮は棚から一冊の古い本を取り出し、灯の前に置く。表紙には見たことのない文字。だが、灯の左目がそれを読む。
『影視の手引——視る者が、視られる者にならないために』
蓮:「君の左目は”視る”だけの力じゃない。鍛えれば、残響に干渉できる。祓うことも、対話することも——理論上は、可能だ。」
灯:「対話……。お母さんと、話せるってこと?」
蓮は一瞬だけ、どこか痛みをこらえるような表情を浮かべる。だがすぐにいつもの笑顔に戻る。
蓮:「さあ、どうだろうね。」
ラストページ:見開き
灯が古書店を出て、夕焼けの神保町を歩いている。胸に古い本を抱きしめて。
モノローグ(灯):
「お母さんは、8年前の冬に死んだ。病気だと聞かされた。でも——」
回想カット:幼い灯が、病院の廊下で泣いている。看護師が何かを囁いている。「お母さんは——」
回想が途切れる。灯が立ち止まる。
モノローグ(灯):
「私は、お母さんの”本当の死因”を知らない。」
最後のコマ。古書店の2階の窓から、蓮が灯の背中を見下ろしている。その笑顔はない。独り言のように呟く。
蓮:「……似てるな。あの人に。」
蓮の手元には、古い写真が一枚。写っているのは——灯の母と、若き日の蓮。二人は笑って並んでいる。
第2話「沈んだ記憶」——了
次回予告:灯は「影視の手引」の修行を始める。だがその最中、クラスメイトの一人が突然豹変し、学校で異常事態が発生。灯は未熟な力で、初めて残響と”戦う”ことを強いられる——。そして蓮と母をつなぐ秘密が、少しずつ輪郭を帯び始める。
物語の核心に近づく伏線をいくつか仕込みました。灯の母の死の真相、蓮の正体、そして二人の繋がり——この三つが今後の物語を動かす大きな柱になります。
